岡山映画祭は、1995年に「岡山ドキュメンタリー映画祭」として初開催されました。そこから20年を経た今年、9回目の開催です。
「岡山映画祭2014」のテーマは「動く」。あらゆる視点や方法で映画をつくる動きが世界中でいま高まっているなか、その動きに応えるように今回の映画祭に取り組んだということです。新旧、長・短篇ふくめて選考された22本の作品上映と展示やシンポジウムは、10月31日のオープニングセレモニーを皮切りに、11月の第4週目までの各週末の11日間、岡山市内5カ所の会場で行なわれています。

福間監督にとって、岡山は深い縁のある土地です。2008年公開の『岡山の娘』は、岡山映画祭メンバーの全面的な協力で撮影されました。これを完成させたことが大きな力となって、福間監督は、2011年の『わたしたちの夏』と2013年の『あるいは佐々木ユキ』へと、映画監督として成長していきました。
今回の「岡山映画祭2014」では、オープニングセレモニーの翌日の初日11月1日(土)に、その2作品がつづけて上映されました。上映後のトークゲストには、『わたしたちの夏』に主演した吉野晶さんも招待されました。

11月1日土曜日、17時からの上映開始に向けて、福間監督と吉野晶さんは16時に会場入り。映画祭実行委員の人たちと挨拶をかわして、打ち合わせ。福間監督はスクリーンチェックもすませて、次々と来場する観客を笑顔で迎えます。
監督と主演女優は上映開始を見届けてから、トーク司会の吉富真一さんと打ち合わせをかねて外出。吉富さんは、シネマコレクターズショップ「映画の冒険」の店主で、ちょうどこの日11月1日が開店18周年という記念日でもありました。

さて、二つの作品の上映が終わって20時、トークの開始です。拍手に迎えられて福間監督と吉野晶さん、そして司会の吉富さんが舞台に上がりました。今回の岡山映画祭では、トークの様子をインターネット中継しているので、舞台バックスクリーンに三人の映像がかぶりながらの進行です。
まずは吉富さんからふたりの紹介があり、『岡山の娘』で主人公みづきの母の遺影として「出演」している吉野晶さんにふれながら、『わたしたちの夏』の製作過程について質問します。

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福間監督「『急にたどりついてしまう』(1995年)以降、ずっと吉野晶さんで撮る、という思いがあったんです。『岡山の娘』ではさまざまな事情があって「遺影」だけで登場してもらったけれど、この写真を撮ったのが、吉野さんの夫でカメラマンの鈴木一博さん。そこで、吉野晶主演で、撮影は一博さん、というのが決まっていって、たまたま2010年の夏、それぞれの都合が合ったので、夏の映画を考えるところからスタートした。そこで、当時首都大学東京で福間先生の授業をとっていた役者経験もある小原早織さんと出会った。さらに、シンガーソングライターの鈴木常吉さん。常吉さんのライヴは、ぼくの住む国立で聴いていてすでに出会っていて、『岡山の娘』を見て気に入ってくれていた。出演依頼に二つ返事でOKがきた。吉野晶+日本の夏+小原早織+鈴木常吉。人間と夏があって、そこから筋ができあがっていったんです」

吉野さん「個人的に福間監督とはもう20年来のおつきあいなんですけど、いっしょに仕事できない長い時間があって、いきなり来たという感じでした。勢いでやっちゃおう! みたいな。ホンも出来上がっていないままゴーしました。だから、わからないところは質問し、自分の考えも伝えながら役を作っていきましたね」

福間監督「ストーリーはあってないようなもので、日本の夏の景色と人、これを一博さんの『とらえる力』で撮ってもらえばすごいものになる、そう思ってました。でも、吉野さんも常吉さんも、撮影してみると僕が知ってるふだんの人間とはずいぶん違ってて、えーっ、こういう人だったの!? と思うことが続出。はじめはとまどったけど、結果的にはそれがおもしろかった」

吉富さん「吉野さん、カメラマンがご主人ということで、きれいに撮られてますね」

吉野さん「とにかく暑かったので、汗かきっぱなしだったんです。でも、そんなことは範疇にない、という感じで撮られましたね」

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このあと吉富さんは、印象に残ったところとして、「天使的存在A」の室野井洋子さん、「千石先生」とその授業、「殺し屋」三人組を指摘しました。
福間監督「天使的存在Aは、ゴダールの『アワーミュージック』を意識して、あの世とこの世の間にいる存在として考えた。線路ぎわの金網のところのバストショット、カメラマンと室野井さんの勝負でしたね。千石先生は、実際の授業がほんとにおもしろい。やさしさと好奇心が自然に出る人なんです。それで出てもらおうと思った。映画のためにやってもらった授業ですが、鈴木カメラマンが、同じ授業を3回やってください、と言って3回撮ったんですが、それぞれに変化があってそれがまたおもしろかった。殺し屋三人組は、わけのわからないような存在ですが、男三人じゃなくてひとりは女にすればよかったかな……」

そして『あるいは佐々木ユキ』です。
この製作過程については、福間監督から「主演の小原早織さんが、3月からフランスに留学することから、佐々木ユキはフランスに行っていたという設定にすること、だから1月に撮影=冬の光を撮ること、アゴタ・クリストフの作品から「孤児」にヒントを得たこと、などが説明されました。

吉富さん「吉野さんは今回はワキですが、この千春さんという女性のつくられ方については?」

吉野さん「小原早織さんをメインにおいて、それに対してどういう職業の女性でいこうか、監督とかなり話し合いました。『夏』の千景さんとは全然別のキャラクターということで考えていって、設定しましたね」

福間監督「もともと『岡山の娘』では、主人公の母親が殺されてその事件を調べる女刑事の役を吉野さんにお願いするはずだった。でもそれができなかったので、今回はそれに準じるような探偵というか、そういう職業にしたいと思ったわけです。ゴダールの『メイドインUSA』を一回やりたいと思っていて、トレンチコートでさっそうと歩く吉野さんを撮りたかったわけです」

吉富さん「『夏』のタイトルクレジットは、まるで昭和30年代の映画のように、いきなり画面いっぱいに、どでかいタイトルと三人の名前が出るんですが、『ユキ』ではタイトルが出るまでに8分、それも小さく置かれてるんですけど、そのあたりは?」

福間監督「ぼくは石井輝男監督のファンでもあるので、『夏』は三大スターで押すみたいなクレジット。それに対して『ユキ』は物語に入るまでにいろいろある「あるいは何か」、それを経てタイトルを出すというかたちですね。『ユキ』では、映画はロングショットだ、それをやろうと一博さんと決めていた。タイトルが小さいのは、あの場面のロングショットの中のユキの像に並ぶ大きさにした、そういう意味のタイトルの出し方です」

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吉富さん「『岡山の娘』も『わたしたちの夏』も夏、今回は冬ですが、小原早織さんの都合がなかったら夏で撮るということもあったんですか?」

福間監督「いや、2回の夏の暑さでもう懲りたんで、今回は冬。冬の光を撮れればいいなあと思っていたけど、コントラストはなかなかむずかしい。でも鈴木カメラマンの言うことを聞いていればいいと思ったんです」

そして、吉富さんが印象に残ったという、モノレールのシーン、カルタのシーン、浴室で足をからませるシーンについて、福間監督から撮影のときのエピソードが話されました。この三つのシーンは、これまでの上映でも、必ず話題にのぼったところです。
モノレールの「ユキ」が映っているところは、25分間の一発勝負で、鈴木カメラマンと小原早織さんの度胸で決まったこと。
カルタのシーンは、実際にふたりにやってもらうんだけど、筋書き通りにいかず、しかしそこにふたりが出ているというわけで、2回目を撮ることはなくて、これまた一発勝負。
足のシーンについては、プロの女優ではなく素人の、それも自分の教え子である役者に、エロティックなものをどうやって出させるのかを考えた。じつは、ここは編集の秦岳志さんの技術が力を発揮しているとのこと。その技術については、どうやら秘密のようです。

吉富さん「吉野さんと小原さんはちょうど20才違うわけですが、共演されていかがでしたか?」

吉野さん「若い、かわいいという年の差はあるけれど、小原さんは年齢を感じさせない聡明さがあり、頭の切れる女の子ですよね」

福間監督「小原さんは、あまり女の子っぽくないというか中性的なところがあって、もしかしたら本当は女優向きなのかもしれない。僕が男女のエロスを避けて撮りたがるのはなぜなのか。『夏』は、表向きは千景さんと庄平さんの再会のドラマなんだけど、千景さんとサキがうまくいかなかった、それをどうやったら取り返せるのか、それがじつは人生にとって大きい。そこを、また一緒に暮らすとかやらないで、携帯電話1本で一気につなぐというふうにしたんです」

吉富さん「『ユキ』は、アイドル映画というふうに言ってますが、監督にとってのアイドル映画の定義とはなんでしょう?」

福間監督「友人でもある批評家の四方田犬彦が、実際に大変な手術を受けるとき、失明するかもしれないからその前に見ておきたい映画、というのをエッセイで書いている。そこで挙げているのが芸術映画でなくて、若尾文子やブリジット・バルドーの若いころの映画なんです。そうか、人間ってそういうものなんだ、と。だったら自分が、目が見えなくなる前に1本撮っておこう、それが、アイドル映画ということの出発点だったかな」

吉野さん「アイドル映画っていうよりも……、わたしにとってのアイドルは、笠智衆さんとか、イザベル・アジャーニとか。映画の世界でなければブルーハーツの真島昌利さんとかパティ・スミスとかがアイドルなんですけどね」

福間監督「『夏』で、パティ・スミスのTシャツを、吉野さんにカッコよく着てもらってます!」

すでに予定の時間をオーバーしていますが、客席からの質問を受けたところ、男性から例によって……。
質問者「男の存在感がないことが気になりました。反対に女性は存在感があって躍動的。男は消えていく存在、というのは意図的なんですか?」
福間監督「ぼくの映画は、どうもそうなっちゃうんですよね。意図してるというわけではないんだけど……。女は度胸、男は愛嬌でしょうか」

さて、ここでスペシャルゲスト登壇! 
『わたしたちの夏』で、あの心に残る歌を披露してくれた、千景さんの友人であり千石先生の姪、女優志望のまり子さんを演じた松本雅恵さんです。松本さんは、岡山市の出身! 今日はこの上映のために駆けつけてくれました。

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松本さん「そうなんです、岡山の出身なんです。東京でバンドやったり劇団に入ったりしていて、20代のときに吉野さんと知りあって、今回の話をもらったんです」

福間監督「千景さんが吉野晶をひきずらないように、吉野晶の一部をやる人として実際の友人である松本さんにお願いした。キャスティングしたときは大きな期待はなかったんだけど(松本さん+吉野さん、大苦笑!)、歌ってもらったら、あっと驚くぐらいによかったんですね! 大学で撮ったんだけど工事中で、工事の人にちょっと静かにしてくださいとお願いしたら、工事の人たちも聴き惚れていたぐらいだったんです」

松本さん「時間がなくて2回しか撮れないということだったんで、気合いが入りすぎた方がダメで、もう1回の方がよかったんですね」

福間監督「ほんとにすばらしくて、あれで映画が動いていくというかたちになるんですよね」

松本さん「あの歌は、わたしの大好きな歌手の、大好きな歌で、監督にも自分からどうですかって持っていったんです。だから自分でもすごくうれしかった。歌えたこと自体がラッキーでした」

というところで、もうタイムリミット。
今後についてひとこと。

吉野さん「わたしはそんなに女優活動をしてるわけではないんですが、堤幸彦監督の新作『悼む人』にちょこっと出ています。探してみてください。今日はどうもありがとうございました」

福間監督「映画化された『そこのみにて光輝く』などの作家の佐藤泰志、ぼくの友人でもあったんですが、彼のことを書いた評伝『佐藤泰志 そこに彼はいた』が11月の末に出ます。何度ももう書けないと思ってきて、やっと書けた、これができたから、次はなんでもできるかなというところで、60代で映画10本撮ると公言して、残り8本もあるので、来年はとにかく撮ります。本も映画もどうぞよろしく!」

松本さん「わたしは特にないのですが、福間監督の残り8本のうちのどれかに出演させてもらいたいなと……」

映画2本につづいて、長時間のトーク。いらしてくださった皆さん、お疲れさまでした。ほんとうにありがとうございました。
吉富さん、映画祭スタッフの皆さん、たいへんお世話になりました。

そして、もちろん打ち上げです!
同じ日に上映された『フタバから遠く離れて』の舩橋淳監督も加わって、にぎやかに岡山の夜は更けてゆきました。

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宣伝スタッフ ままかり娘


岡山映画祭2014
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