福間健二監督作品は、初めての神戸での上映。それも、膨大な量の映画に関する貴重な資料とフィルムを所蔵している神戸映画資料館で、ここにふさわしい上映を実現していただきました。福間監督の『あるいは佐々木ユキ』までの4本がまとめて上映される機会は、とにもかくにも初めてのことです。
2月15日(金)から19日(火)までの5日間、『急にたどりついてしまう』(95)、『岡山の娘』(08)、『わたしたちの夏』(11)、そして今年1月に封切られたばかりの『あるいは佐々木ユキ』の4作品。旧作はそれぞれ3回、『あるいは佐々木ユキ』は8回上映されました。土日は、一日通して見れば、4作品すべて見ることができるという、うれしいプログラムです。

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さて、福間監督は16日土曜日17時半、JR新長田駅からほど近い神戸映画資料館に到着しました。世界各国のフィルムセンターに行かないと目にすることのできないような古い映写機が展示してあり、日本の古い時代劇のポスターがあちこちに貼られています。
そんななかに、『岡山の娘』『わたしたちの夏』『あるいは佐々木ユキ』のポスターが飾られ、ビデオモニターでは『ユキ』の特報と予告篇が流されています。ちょっと夢をみているような気分です!
この日は18:30の『ユキ』の回上映前に、ポレポレ東中野で大好評だった福間監督の朗読を聴いてから『ユキ』を見てもらう試みを資料館でも行ないました。やはり好評でしたね!

そして翌17日日曜日、福間監督は午前の回の終わりから資料館でお客様をお迎えし、上映中は長田の街を探索して(「新しいシンボル」鉄人28号も「古いシンボル」マルゴ市場も!)、16時15分からの細見和之さんとのトークにのぞみました。

トークのタイトルは「詩から映画までを生きる」。お相手の細見和之さんは、詩人でドイツ思想の研究者として大阪府立大学で教鞭をとっている方です。岡山にも縁のある細見さん、福間監督とは詩人・大学教師・岡山という共通項があります。そして、福間監督の長篇第1作『急にたどりついてしまう』からすべての映画作品を見てくださっています。

今日は、トークというよりも、福間さんにお話を聞くというかたちで、ぼくが質問をしながら進めていきたいと思います、と細見さんがまず挨拶されてから始まりました。

詩から映画までを生きる

(細見)福間さんが最初に詩を書くようになったきっかけは?
(福間)僕の青春時代は1960年代終わりごろからで、そのころはいろんな文化があって、何でもやれるみたいな空気があったんだけど、ぼくはまず高校生のときに映画をやりたいというのがあって、大学でたまたま小説コンクールで賞金をもらってそれで映画を撮ったんだけど。小説も同人誌などに書くと、そこで詩を書いている人がたくさんいる。ぼくだって書けると思って書きはじめたら、そっちの方にどんどん行ったという感じで、気がついたら詩が中心になってた。
(細見)福間さんは詩集もたくさん出してるけど、詩を書く量が半端じゃないんですよね。すごく分厚い詩集が2冊もあるし……。
(福間)映画への思いももちろんまだあって、大学生のころは、午後から3本立ての映画を見てそのあと金もないのにお酒飲んで一日が終わるか、ずっと朝まで詩を書いているかという過ごし方をしてましたね。
(細見)ぼくは今50歳になったんですけど、ぼくらの時代にはそういう過ごし方というのはもうなかったですね。詩を書くという行為はとても孤独で、どこか自分ひとりに閉じていく印象ですが、映画は複数の人間が関わることで開かれるという感じがしますね。
(福間)映画っていうのは、ゴダールがどうだとかではないところで、たとえば普通のおばさんやおじさんが興味をもったり見たりすることがありますよね。だから人と出会えるのが映画だとも言えるんじゃないかな。

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映画をつくる身になって

(細見)福間さんは『急にたどりついてしまう』で、本格的に映画をやるっていうか、決意があるわけですよね。つくる側の身になって、どうですか?
(福間)ぼくは高校教師を2年やってたんですけど、その間も映画の世界とは縁が切れずにいて、脚本を書く仕事がたまたまあったけど、それがうまくいかなくて、もう映画界からは見放されたみたいな気分のときに、岡山大学で採用の話があって、そのころはあまり詩もやる気もなくて、研究者にでもなるかなあという気持ちで岡山に行った。そこで映画を見まくって、ピンク映画も見ていると、それがすごく面白い。その監督やスタッフたちは、ぼくと同世代でかつてすれ違っていたような人たちだったりする。そこで、自分も見る側ではなくつくる側もあるんだという気持ちが、また沸き起こってきて、東京に戻って、若いピンク映画の監督たちと出会って、ぼくもつくりたいという気持ちを話すと、全面的に協力すると言ってくれて、『急にたどりついてしまう』が実現した。18年前、45歳でした。1995年は、神戸の震災が起こってオウムのサリン事件が起きてという年だったんだけど、そのことも含めて時代が大きく変わっていく感じがあって、それに対してこの作品をどのように突きつけたらいいのかがわからなくて、編集にとても苦労した。そのあとすぐにでも次の作品を撮りたかったんだけど、なかなか撮れなかった。

2008年『岡山の娘』

(福間)ぼくが岡山にいた5年間は、いわば青春のやり直しのような時間を過ごして、自分の30歳から35歳までの時間と岡山という土地に愛着があったんで、いつか岡山で映画を撮りたいと思っていた。それが岡山映画祭の人たちの協力で実現できた。でも、この映画はほんとうに大変だった。これをなんとかやれれば、次もつくれると思って、必死だった。
(細見)ぼくも福間さんに初めて会ったのは岡山でだったし、岡山の景色がなつかしい。

 ・「父と娘が初めて会った」シーンを見てもらう
(福間)主役が降板して、そこまで撮ったところを使えなくなって、でもその人が出ていないところは最大限に使うということで、辻褄があわないことや本当はおかしいところがたくさんあるんだけど、映画というものはひとつの頂点まで持っていけばなんとかなる、お父さんと娘が会って「すべてがわたしには関係ないとは言えないだろう」と言わせるところまで持っていく、これが大きなヤマだったですね。
(細見)この映画もそうですけど、『わたしたちの夏』も『あるいは佐々木ユキ』も、父親が影薄くて、女の人ががんばってるっていうか……。うろうろしてるとか、お酒飲んでるとか、あまり実社会とは関係ないんですよね、男が。父親像っていうのはどうなんですか?
(福間)世の中のりっぱなお父さん、というのがどこか苦手なんですよね。ダメなお父さんの方が自分に近い存在として意識できるというかね。

2011年『わたしたちの夏』

 ・「死の世界=森で、千景がサキの母と出会う」シーンを見てもらう
(福間)死の世界はあの世を想像して人が作るわけだけど、近くの公園をきちんと撮ればその中に死の世界もあるんだというようにしたかった。千景さんが見ている森が死の世界になるというように。
(細見)あれは、近くの武蔵野の森なんですよね。あんな深い森があるなんて、びっくりしました。
(福間)あのときたまたま彼岸花が咲いてたんですよ。それを縦構図で撮ろうとしたら、鈴木一博カメラマンが、そうすると日本的になっちゃうよと言ったんです。確かにそうなんですよね。これはどっちかっていうと西洋的な死の世界なんでね。映画というのは、遠くのものを撮りに行くのではなく、近くの現実にあるものの中に現実を越えたものを見つけていく、ということじゃないかと思うんです。
(細見)ここは彼岸とかあの世とかいうよりも、神話の世界、ミュトスの世界という感じですよね。それが自宅のすぐ近くで撮られてるということが、とても面白いことですよね。
(福間)だいたいぼくがふだん歩いてる近所で撮ってるんですけど、撮影のときはぼくと鈴木カメラマンは自転車で移動したんです。そうすると、車で移動するほかのスタッフよりも先に現場に着く。自転車で動くことによって、ものの見え方が違ってくるんですよね。
(細見)『あるいは佐々木ユキ』の最後のクレジットで撮影日が出ていて、5日間ぐらいで撮影してるんですよね。他の映画もそうなんですか?
(福間)『急にたどりついてしまう』は10日と追撮1日で、『岡山の娘』はいろいろあったんで3週間ぐらい。時間がかかると製作費が増えていくので、できるだけ日数を短くするわけです。
(細見)『岡山の娘』はいくらかかったんですか?
(福間)250から300万ぐらいかな。そのあとは50万ずつぐらい減ってきてるんですけど。『あるいは佐々木ユキ』は5日半で撮ったんだけど、これが10日間になったら、おいしい弁当にならないとか、打ち上げもみんなでおいしいもの食べられないとか…(場内笑)。でも、普通の日当とか払えないですよね……。
(細見)天気も影響するでしょうから、きびしいですよね。『あるいは佐々木ユキ』のモノレールからの空のシーン、ああいうのは撮れるか撮れないか勝負ですよね。

2013年『あるいは佐々木ユキ』

 ・「ユキが自分の部屋に戻り、もう一度ドアを開けてまわりを見る。夕暮れの空〜未来の風景」シーンを見てもらう
(福間)ユキはフランスに行っていたという設定ですが、ユキ役の小原早織さんはこの撮影のあと実際にフランスに留学したんです。むこうで自分が写っているような写真を撮ってきてくれるよう頼んでいたんですが、自分の写真はほとんどなくて……。で、この場面で未来の風景を入れるのに、変わらないもの、つまり空と海みたいなものを考えていたんですが、これを東京で撮りに行くのはお金もかかる。そこに小原さんからこの写真が届いた。これだ!というわけで、ここは静止画なんです。この未来の風景は、彼女が撮ってくれたボルドーの砂丘なんです。砂丘に映っている影は、小原早織さん自身なんですよ。
(細見)あー、そうなんですか! うーん! 小原早織さんは『わたしたちの夏』からかなり中心に置いてるけども、『夏』では伏し目がちだったのが『ユキ』では視線が上がっているというか。『ユキ』で小原さんに込められたものは何かありますか?
(福間)『夏』を撮ってこれを仕上げないうちに『ユキ』を撮って、それから『夏』を編集して『ユキ』を編集したという過程のなかで、小原早織が見えてきたということがありますね。『夏』では千景さんに対してキッと見つめる目を要求したらそれをうまく出してくれたんですけど、カットがかかった瞬間にニコッと笑う、それがよくて『ユキ』は微笑みの映画にしようと、最初『スマイル』というタイトルも考えたんだけど、簡単には微笑みの映画にはならないなあと。でも、微笑みに向かっていってるという感じかな……。
(細見)このへんで皆さんから質問を出してもらいましょうか。

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出演者について

(中年の女性)小原早織さん、とてもかわいい方ですけど、福間さんはどういうところで女優さんというか役者の方を探してこられるんですか?
(福間)小原さんはぼくの教え子なんです。『ユキ』は首都大学東京の学生がたくさん出てるんです。ユキaもユキbも学生です。小原さんは、中学生のころから役者をめざしていてテレビドラマにも出たりしたことはあったんですが、その世界に対して不信を抱いてやめたんですね。どこかに怒りのようなものを持っている、でも普通の女の子なんですが、それがうまく出せたというか……。ユキbの川野真樹子さんは、お父さんがドキュメンタリーの映画作家で早くに亡くなったんですが、映画というものに対して、お父さんのやってた仕事ということで思い入れがあるんですね。お母さんと二人で生きてきて、そういう意味ではほんとにユキbなんですよ。でもすごく真面目な人なんですよ。
(細見)文月悠光さんが最初に出てきますが、彼女は中学生のときから詩の世界では有名で、ぼくはその詩を読んで中学生だと知ってびっくりし、そのあと少し詩が変わったかなと思ったらまだ高校生で、もうほんとにえーっ!ですよ。彼女は冒頭に出てきますが、このときは大学1年生ですよね。
(福間)初めて会ったときに、なんか撮りたいなあと……。彼女はある意味天才少女で、自分の表現も持っている。でも同時にふたつの面があると思うんです。ひとつは、彼女は中学・高校のときに演劇部だったので、芝居的なことができる、そのことの新鮮さがある。演劇部の優等生的なものがあるとして、詩の天才でもある。でも普通の女の子でもある。つまりひとりの人間のなかにいろんな要素があるというのが出てくれて、彼女もユキ……。
(細見)ユキcみたいな。
(福間)そう、ユキcみたいな感じになるのかなあと。
(細見)彼女が朗読する詩「横断歩道」は、青とか黄とか色に関係なくみんな渡っちゃえ、どんどんひかれちゃえ、でも保険おりるな、言葉よおりてこいって言ってるけど、これはこの映画のメッセージにもなってますよね。
(福間)朗読はいろんな人がやってるけど、誰を撮っても面白いわけじゃなくて、彼女の朗読をあの場所で撮ることに、ぼくには面白さが重なっていて。うしろに子どもの絵があって、文月さんがいて、それをロングショットで撮る。この文月さんに鈴木カメラマンがノッたんですよね。きちっと撮ったということですよね。『わたしたちの夏』と『ユキ』はちがう撮り方をしてるんです。『ユキ』はすべて三脚使って撮ってるんだけど、いろんな角度から撮るんではなくて、人が見るというのは、一点で見ているわけだから、一点でつかまえるということをやってるんですね。ただフィックスだからいいということとは違っていて、朗読もユキの踊りも一点でつかまえてるんですね。もうひとつ、カメラは、いま誰でも買えるEOSというデジタル一眼レフの動画機能で撮ってるんですけど、これがほんとによく写るんでびっくりする。でも、小さくて軽いカメラなんで、それを重く感じさせるように撮っている。鈴木カメラマンは、三脚をきちっと立てて、堂々と撮る。モノレールのなかで、乗客がたくさんいるなかでもたった20分でそれをやる。それができるのは、鈴木カメラマンもぼくも、ピンク映画出身ということもありますね。
(細見)ほかに質問とかないですか。

カルタのシーンとダンスのシーン

(若い男性1)カルタのシーンがすごくよかったんですが、あれは演出されているんですか?
(福間)まず、二人カルタってどうやってやるんだろうっていうのがありますよね。で、二人に始めてもらったら、これは何度もやれない、一回だけだと思ったので、そのままいくぞって。何が一番やりたかったかというと、映画で撮るものとして芝居をする、セリフを言うがあるわけだけど、普通の人間が作業する、それを撮ろうとしたんです。ワンビンが人間のする作業を延々と撮っているように。これ撮ってるときに本番だと意識してたのは監督だけだったかも(場内笑)。編集では頭のところを少しだけ切ってますが、最後の一枚に持ってくるのに、途中を抜けなかった。演出的にはいちおうユキbが勝つことを考えていたんだけど、このなかから二人の個性がみえてくればいいとしたんです。ぼくはこの映画ではカルタシーンが一番好きなので、そう言ってもらえてうれしいです。

(若い男性2)このあとのダンスシーンで、小原さんがユキbのダンスを真似しようとしてできないのは、ヒップホップはできるけどクラシックはできない、という小原さん自身でもあるところをやらせようとしたんですか?
(福間)ユキbの川野真樹子さんは子どものときにバレエを習っていたし、ユキaの小原さんはストリートダンス的なもののサークルに入っている。その事実を使ったわけですが、小原さんが、真似できない、わざとはずしてズッコけるのが意外にむずかしくて、ここは何度も撮りましたね。彼女はだいたい一発OKの人なんですけど。

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福間健二主義

(細見)ぼくも仕事がら、学生、20歳ぐらいの人たちをよく見てるわけですが、やはり女性の方が生きてる姿や表情がつよい印象がある。この映画もそうだと思うんですが、それを撮ってる福間さんは、上の世代としてではなく、ほとんど同世代的に共感してる、後押ししてるというように見えるんですよね。
(福間)ぼくの映画のつくり方は、みんなと一緒につくっていくんですね。ユキなら小原早織という人間が60〜70%出ているというようにしないと、それぞれの役者と一緒にやってる意味がないと思う。それはどんどん動いていくし変わっていく。結果に向かってはめていく、という映画のつくり方があるけど、ぼくにはこれはない。どうなるかわからないものに向かっていく。若い世代が、自分としてちゃんとやってくれれば、それでいい。
ある意味で、こちらは表現というものに行き詰まっている。けれども、ヒューマニズムとか社会性をテーマにするのではなく、普通に生きている体験に色をつける、これが表現だと思う。何でもないことに、楽しさや生きる意味がある。
(細見)事件とかを描くのが社会性ではなく、生きている姿や揺らぎみたいなものをとらえるのが、一種の社会性になるみたいなことかなあと思いますね。
(福間)面白い原作とか有名な俳優が出るとかいうもののなかには、じつは映画はあまりなくて、なんでもない普通に生きてる人をじっと見つめているだけで見えてくる、それが映画だと思うんですよね。そのときにはもう、ドキュメンタリーもフィクションもあまり意味をなさない。
(細見)さて、もう時間もないので、3月に定年退職して、その後の、これからの福間さんはどういうことをしていくのかを、簡単に。
(福間)大学教師で生活を支えてきて、映画をつくったり詩を書いたりしてたことが、どこかで趣味だとか好きなことだとかはもう言えなくて、これからが真剣勝負だみたいなところはありますね。
(細見)60代で映画を10本撮るというのは、ほんとですか?
(福間)表現は誰かに頼まれてやるものではなくて、自分で自分をプロデュースするしかないんですよね。自分で決めてやるしかない。だから60代で10本撮ると決めた。でも、それ言ったの、飲んでるときかもしれなくて(場内笑)。そのときそばにいた鈴木カメラマンがそのうち7本は俺がやるって言ってくれたんでね。小原早織さんは、わたしが30歳になるところを撮ってほしいと言ってくれたし。60代のうちにあと8本撮るのは、とても難しいかもしれないけど……。というわけで、映画は60代であと8本撮ります!
(細見)これ、福間健二主義やね!

1時間半におよぶトークは幕を閉じました。細見さんのおかげで、これまで聞けなかった福間健二の物語がまたひとつ増えたような気がします。観客の皆さんも熱心に聞いてくださいました。細見さん、ありがとうございました!
この余韻を残したまま次の回の『急にたどりついてしまう』を8年ぶりぐらいに観た福間監督。かなり照れくさかったようです……。
そしてそのあとは、もちろん打ち上げです! 参加率70%!
長田の夜は、にぎやかに愉しくいつまでもつづきました。

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今回の上映を実現してくださった神戸映画資料館の田中さん、館長の安井さん、tough mama神戸支部長の髙澤くん、そして、いらしてくださったすべての皆さん、ほんとうにありがとうございました!
『あるいは佐々木ユキ』をこれからもどうぞ応援してください。

宣伝スタッフ 鉄人26号
写真撮影 小山伸二