1月31日木曜日。『あるいは佐々木ユキ』のポレポレ東中野での上映も、最終日前夜を迎えました。今夜のイベントは、先日の好評を受けて、福間健二監督の詩の朗読を導入部として上映をするというものです。今夜は若い方がたくさんいらしてくださっています。

21時になるやいなや、福間監督が壇上に登場しました。2回目の今日は、先日よりもすこし落ち着いてる様子でしょうか?
客席は、シーンと静まりかえって、今夜の「ライヴ」に期待が高まっている様子がうかがえます。
福間監督は、しずかに朗読を始めました。
先日とほとんど同じ7篇ですが、「みずうみ」だけが「みずうみ2」に変わりました。。

「むこうみず」
  まちがっている
  でも、ものすごくまちがっているわけじゃないだろう

「トラブル」
  ぼろぼろになった
  おれの死体が
  ゆうひの川を流れていく

「青い家」
  こわれたように
  水を吐きつづける
  青い家
  そこで名前を呼ばれるために。

*劇中で、大川由美子さんのピアノとともに朗読している作品。

1

「いま」
  ここまでとこれからが
  ごまかしあわない
  太い線になるように
  空に、みつめる力を、突き刺してやりたい

*これは、1995年の監督長篇第1作『急にたどりついてしまう』のなかで、主演の伊藤猛さんが朗読している部分。もしかしておぼえておられる方もいたでしょうか……。
 
「みずうみ2」
  生きていてほんとうに楽しいことってなんだろう。
  ダンス、配分、魔法のスプーン。
  近づいてくる林。
  やっと人になった。

*この詩は、途中から『あるいは佐々木ユキ』の主人公ユキのことを考えに入れて書いた作品ですと、福間監督は説明しました。なるほど!
 
「光る斧」
  もっとしずかに
  あけてやらないと
  そのふた、獰猛になるよ
  わっと泣きだしたい気持ちをおさえて
  おおうものとなっていたのだ

「もうすこし」
  もうすこし歩いて
  もうすこしへんになってみる

こうして文字で読んでみると、音として入ってくる言葉とはまたひと味ちがうものが見えてきますね。でも、そんな解釈はいらないというように、福間監督の朗読は終わり、わたしたちは映画へとみちびかれたのでした。

『あるいは佐々木ユキ』は、ある意味とても不思議な映画です。
映画館の闇のなかで、五感に身をまかせているだけで、それぞれの記憶や感情の糸がほぐれてくるとでもいうのでしょうか。生きてきた、生きている自分の、何気ない日常の何気ない出来事を、呼びおこしてくれるのでしょうか。  

「声から映像へ。耳から目へ。」
朗読〜上映という2回の「ライヴ」は、『あるいは佐々木ユキ』という映画にとてもふさわしいものだったと確信しています。

小林政広監督が、『ユキ』を観てくださったときの言葉を思い出しました。
「……心地よさにため息が出る。ありふれた光景が映像と音で語られたとき、全てがかけがえのないものに見えて来る。ボクがいちばん観たかった映画。『あるいは佐々木ユキ』、」。

さて、『あるいは佐々木ユキ』は、2月1日金曜日で、ポレポレ東中野での上映を終了します。東京での再映は決まっていません。
どうぞお見逃しなきよう、ポレポレ東中野にお越し下さい!


宣伝スタッフ:ぶー子
写真撮影:石川翔平(ポレポレ東中野)