あるいは佐々木ユキ 公式blog

A Fairy Tale
福間健二監督作品  2013年/HD/カラー/79分

表紙15

岡山映画祭は、1995年に「岡山ドキュメンタリー映画祭」として初開催されました。そこから20年を経た今年、9回目の開催です。
「岡山映画祭2014」のテーマは「動く」。あらゆる視点や方法で映画をつくる動きが世界中でいま高まっているなか、その動きに応えるように今回の映画祭に取り組んだということです。新旧、長・短篇ふくめて選考された22本の作品上映と展示やシンポジウムは、10月31日のオープニングセレモニーを皮切りに、11月の第4週目までの各週末の11日間、岡山市内5カ所の会場で行なわれています。

福間監督にとって、岡山は深い縁のある土地です。2008年公開の『岡山の娘』は、岡山映画祭メンバーの全面的な協力で撮影されました。これを完成させたことが大きな力となって、福間監督は、2011年の『わたしたちの夏』と2013年の『あるいは佐々木ユキ』へと、映画監督として成長していきました。
今回の「岡山映画祭2014」では、オープニングセレモニーの翌日の初日11月1日(土)に、その2作品がつづけて上映されました。上映後のトークゲストには、『わたしたちの夏』に主演した吉野晶さんも招待されました。

11月1日土曜日、17時からの上映開始に向けて、福間監督と吉野晶さんは16時に会場入り。映画祭実行委員の人たちと挨拶をかわして、打ち合わせ。福間監督はスクリーンチェックもすませて、次々と来場する観客を笑顔で迎えます。
監督と主演女優は上映開始を見届けてから、トーク司会の吉富真一さんと打ち合わせをかねて外出。吉富さんは、シネマコレクターズショップ「映画の冒険」の店主で、ちょうどこの日11月1日が開店18周年という記念日でもありました。

さて、二つの作品の上映が終わって20時、トークの開始です。拍手に迎えられて福間監督と吉野晶さん、そして司会の吉富さんが舞台に上がりました。今回の岡山映画祭では、トークの様子をインターネット中継しているので、舞台バックスクリーンに三人の映像がかぶりながらの進行です。
まずは吉富さんからふたりの紹介があり、『岡山の娘』で主人公みづきの母の遺影として「出演」している吉野晶さんにふれながら、『わたしたちの夏』の製作過程について質問します。

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福間監督「『急にたどりついてしまう』(1995年)以降、ずっと吉野晶さんで撮る、という思いがあったんです。『岡山の娘』ではさまざまな事情があって「遺影」だけで登場してもらったけれど、この写真を撮ったのが、吉野さんの夫でカメラマンの鈴木一博さん。そこで、吉野晶主演で、撮影は一博さん、というのが決まっていって、たまたま2010年の夏、それぞれの都合が合ったので、夏の映画を考えるところからスタートした。そこで、当時首都大学東京で福間先生の授業をとっていた役者経験もある小原早織さんと出会った。さらに、シンガーソングライターの鈴木常吉さん。常吉さんのライヴは、ぼくの住む国立で聴いていてすでに出会っていて、『岡山の娘』を見て気に入ってくれていた。出演依頼に二つ返事でOKがきた。吉野晶+日本の夏+小原早織+鈴木常吉。人間と夏があって、そこから筋ができあがっていったんです」

吉野さん「個人的に福間監督とはもう20年来のおつきあいなんですけど、いっしょに仕事できない長い時間があって、いきなり来たという感じでした。勢いでやっちゃおう! みたいな。ホンも出来上がっていないままゴーしました。だから、わからないところは質問し、自分の考えも伝えながら役を作っていきましたね」

福間監督「ストーリーはあってないようなもので、日本の夏の景色と人、これを一博さんの『とらえる力』で撮ってもらえばすごいものになる、そう思ってました。でも、吉野さんも常吉さんも、撮影してみると僕が知ってるふだんの人間とはずいぶん違ってて、えーっ、こういう人だったの!? と思うことが続出。はじめはとまどったけど、結果的にはそれがおもしろかった」

吉富さん「吉野さん、カメラマンがご主人ということで、きれいに撮られてますね」

吉野さん「とにかく暑かったので、汗かきっぱなしだったんです。でも、そんなことは範疇にない、という感じで撮られましたね」

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このあと吉富さんは、印象に残ったところとして、「天使的存在A」の室野井洋子さん、「千石先生」とその授業、「殺し屋」三人組を指摘しました。
福間監督「天使的存在Aは、ゴダールの『アワーミュージック』を意識して、あの世とこの世の間にいる存在として考えた。線路ぎわの金網のところのバストショット、カメラマンと室野井さんの勝負でしたね。千石先生は、実際の授業がほんとにおもしろい。やさしさと好奇心が自然に出る人なんです。それで出てもらおうと思った。映画のためにやってもらった授業ですが、鈴木カメラマンが、同じ授業を3回やってください、と言って3回撮ったんですが、それぞれに変化があってそれがまたおもしろかった。殺し屋三人組は、わけのわからないような存在ですが、男三人じゃなくてひとりは女にすればよかったかな……」

そして『あるいは佐々木ユキ』です。
この製作過程については、福間監督から「主演の小原早織さんが、3月からフランスに留学することから、佐々木ユキはフランスに行っていたという設定にすること、だから1月に撮影=冬の光を撮ること、アゴタ・クリストフの作品から「孤児」にヒントを得たこと、などが説明されました。

吉富さん「吉野さんは今回はワキですが、この千春さんという女性のつくられ方については?」

吉野さん「小原早織さんをメインにおいて、それに対してどういう職業の女性でいこうか、監督とかなり話し合いました。『夏』の千景さんとは全然別のキャラクターということで考えていって、設定しましたね」

福間監督「もともと『岡山の娘』では、主人公の母親が殺されてその事件を調べる女刑事の役を吉野さんにお願いするはずだった。でもそれができなかったので、今回はそれに準じるような探偵というか、そういう職業にしたいと思ったわけです。ゴダールの『メイドインUSA』を一回やりたいと思っていて、トレンチコートでさっそうと歩く吉野さんを撮りたかったわけです」

吉富さん「『夏』のタイトルクレジットは、まるで昭和30年代の映画のように、いきなり画面いっぱいに、どでかいタイトルと三人の名前が出るんですが、『ユキ』ではタイトルが出るまでに8分、それも小さく置かれてるんですけど、そのあたりは?」

福間監督「ぼくは石井輝男監督のファンでもあるので、『夏』は三大スターで押すみたいなクレジット。それに対して『ユキ』は物語に入るまでにいろいろある「あるいは何か」、それを経てタイトルを出すというかたちですね。『ユキ』では、映画はロングショットだ、それをやろうと一博さんと決めていた。タイトルが小さいのは、あの場面のロングショットの中のユキの像に並ぶ大きさにした、そういう意味のタイトルの出し方です」

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吉富さん「『岡山の娘』も『わたしたちの夏』も夏、今回は冬ですが、小原早織さんの都合がなかったら夏で撮るということもあったんですか?」

福間監督「いや、2回の夏の暑さでもう懲りたんで、今回は冬。冬の光を撮れればいいなあと思っていたけど、コントラストはなかなかむずかしい。でも鈴木カメラマンの言うことを聞いていればいいと思ったんです」

そして、吉富さんが印象に残ったという、モノレールのシーン、カルタのシーン、浴室で足をからませるシーンについて、福間監督から撮影のときのエピソードが話されました。この三つのシーンは、これまでの上映でも、必ず話題にのぼったところです。
モノレールの「ユキ」が映っているところは、25分間の一発勝負で、鈴木カメラマンと小原早織さんの度胸で決まったこと。
カルタのシーンは、実際にふたりにやってもらうんだけど、筋書き通りにいかず、しかしそこにふたりが出ているというわけで、2回目を撮ることはなくて、これまた一発勝負。
足のシーンについては、プロの女優ではなく素人の、それも自分の教え子である役者に、エロティックなものをどうやって出させるのかを考えた。じつは、ここは編集の秦岳志さんの技術が力を発揮しているとのこと。その技術については、どうやら秘密のようです。

吉富さん「吉野さんと小原さんはちょうど20才違うわけですが、共演されていかがでしたか?」

吉野さん「若い、かわいいという年の差はあるけれど、小原さんは年齢を感じさせない聡明さがあり、頭の切れる女の子ですよね」

福間監督「小原さんは、あまり女の子っぽくないというか中性的なところがあって、もしかしたら本当は女優向きなのかもしれない。僕が男女のエロスを避けて撮りたがるのはなぜなのか。『夏』は、表向きは千景さんと庄平さんの再会のドラマなんだけど、千景さんとサキがうまくいかなかった、それをどうやったら取り返せるのか、それがじつは人生にとって大きい。そこを、また一緒に暮らすとかやらないで、携帯電話1本で一気につなぐというふうにしたんです」

吉富さん「『ユキ』は、アイドル映画というふうに言ってますが、監督にとってのアイドル映画の定義とはなんでしょう?」

福間監督「友人でもある批評家の四方田犬彦が、実際に大変な手術を受けるとき、失明するかもしれないからその前に見ておきたい映画、というのをエッセイで書いている。そこで挙げているのが芸術映画でなくて、若尾文子やブリジット・バルドーの若いころの映画なんです。そうか、人間ってそういうものなんだ、と。だったら自分が、目が見えなくなる前に1本撮っておこう、それが、アイドル映画ということの出発点だったかな」

吉野さん「アイドル映画っていうよりも……、わたしにとってのアイドルは、笠智衆さんとか、イザベル・アジャーニとか。映画の世界でなければブルーハーツの真島昌利さんとかパティ・スミスとかがアイドルなんですけどね」

福間監督「『夏』で、パティ・スミスのTシャツを、吉野さんにカッコよく着てもらってます!」

すでに予定の時間をオーバーしていますが、客席からの質問を受けたところ、男性から例によって……。
質問者「男の存在感がないことが気になりました。反対に女性は存在感があって躍動的。男は消えていく存在、というのは意図的なんですか?」
福間監督「ぼくの映画は、どうもそうなっちゃうんですよね。意図してるというわけではないんだけど……。女は度胸、男は愛嬌でしょうか」

さて、ここでスペシャルゲスト登壇! 
『わたしたちの夏』で、あの心に残る歌を披露してくれた、千景さんの友人であり千石先生の姪、女優志望のまり子さんを演じた松本雅恵さんです。松本さんは、岡山市の出身! 今日はこの上映のために駆けつけてくれました。

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松本さん「そうなんです、岡山の出身なんです。東京でバンドやったり劇団に入ったりしていて、20代のときに吉野さんと知りあって、今回の話をもらったんです」

福間監督「千景さんが吉野晶をひきずらないように、吉野晶の一部をやる人として実際の友人である松本さんにお願いした。キャスティングしたときは大きな期待はなかったんだけど(松本さん+吉野さん、大苦笑!)、歌ってもらったら、あっと驚くぐらいによかったんですね! 大学で撮ったんだけど工事中で、工事の人にちょっと静かにしてくださいとお願いしたら、工事の人たちも聴き惚れていたぐらいだったんです」

松本さん「時間がなくて2回しか撮れないということだったんで、気合いが入りすぎた方がダメで、もう1回の方がよかったんですね」

福間監督「ほんとにすばらしくて、あれで映画が動いていくというかたちになるんですよね」

松本さん「あの歌は、わたしの大好きな歌手の、大好きな歌で、監督にも自分からどうですかって持っていったんです。だから自分でもすごくうれしかった。歌えたこと自体がラッキーでした」

というところで、もうタイムリミット。
今後についてひとこと。

吉野さん「わたしはそんなに女優活動をしてるわけではないんですが、堤幸彦監督の新作『悼む人』にちょこっと出ています。探してみてください。今日はどうもありがとうございました」

福間監督「映画化された『そこのみにて光輝く』などの作家の佐藤泰志、ぼくの友人でもあったんですが、彼のことを書いた評伝『佐藤泰志 そこに彼はいた』が11月の末に出ます。何度ももう書けないと思ってきて、やっと書けた、これができたから、次はなんでもできるかなというところで、60代で映画10本撮ると公言して、残り8本もあるので、来年はとにかく撮ります。本も映画もどうぞよろしく!」

松本さん「わたしは特にないのですが、福間監督の残り8本のうちのどれかに出演させてもらいたいなと……」

映画2本につづいて、長時間のトーク。いらしてくださった皆さん、お疲れさまでした。ほんとうにありがとうございました。
吉富さん、映画祭スタッフの皆さん、たいへんお世話になりました。

そして、もちろん打ち上げです!
同じ日に上映された『フタバから遠く離れて』の舩橋淳監督も加わって、にぎやかに岡山の夜は更けてゆきました。

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宣伝スタッフ ままかり娘


岡山映画祭2014
ホームページ
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Facebook
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松山シネマルナティックでの『あるいは佐々木ユキ』の上映は、1月11日から18日までの8日間でしたが、その最終日18日に上映と福間監督の朗読とを組み合わせたイベントを行ないました。
松山へは、初めてのジェットスターに乗りました。窓から見えた富士山があまりにすばらしかったので、まずはこの写真からです!

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18日土曜日、ジェットスターは定刻より早く松山に到着。13時半ごろ松山市内に入った福間監督。松山と言えば、なにはさておき「ことり」の鍋やきうどんだ! すぐそばにあるシネマルナティックより先に「ことり」に直行しました。これが正解でした! 午後2時までの営業、売り切れ次第閉店の「ことり」。監督よりひと足遅く入ったお客さんまででおしまいだったのです。超ラッキーでした! 初挑戦したかった2食目は、残念ながら果たせずでしたが、「ことり」はやっぱりおいしい! もう1軒の老舗「アサヒ」より断然「ことり」びいきの福間監督です。

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身体も心もあたたまって、いざルナティックへ。2011年10月に『わたしたちの夏』を上映してもらって以来、2年3か月ぶりの橋本支配人との再会です。「ルナティックを守る会」の梶野さんとふたりで迎えてくださいました。東京から駆けつけてくれているはずの山﨑はなさんは? あちゃー、長距離バスの疲れが出てぶっ倒れておりました! すみません! お忙しいところを無理させてしまいました。ほんとうにありがとうございます。

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さて、ホテルで休憩をとり朗読の準備を整えた福間監督は、上映開始の1時間前に再びルナティックへ。18時ごろからぞくぞくといらしてくださるお客様と挨拶を交わしています。今回の上映に協力してくださった詩人の皆さんも大勢みえています。
18時30分、福間監督の挨拶のあと『あるいは佐々木ユキ』上映スタート。
ちょうど3年前のほぼ同じ時期に撮影されたので、冬の光も町ゆく人々の姿も風も樹々の色もすべてが、劇場の外にある松山の景色と重なるところがあります。きっと松山にも「佐々木ユキ」がいて、この映画の結びの場面のように、今年2014年に成人式を迎えたことでしょう。

上映が終わってからの休憩では、「守る会」スタッフの山下さんお手製のシフォンケーキとガレット(これ、めちゃおいしいのです!)、温かい飲みものが出されました。ひと息ついて朗読へ。うれしいですねえ。こんなすてきな時間を用意してくれるなんて。松山シネマルナティック健在だ! 

20時10分、福間監督の朗読開始。朗読はルナティック初めての試みです。
福間監督は、7篇の詩を解説をまじえながら読んでいきました。

まず劇中で使われた3篇から。
『あるいは佐々木ユキ』のキャッチコピーのひとつ「もっとしずかに あけてやらないと そのふた、獰猛になるよ」のフレーズの入った「光る斧」。
つづいて劇中で、ユキが思いを寄せている良平さんが朗読している「天使をすてる」。
この詩のなかに、女性郵便局員が登場するのですが、福間監督は「次作で郵便局員を使いたいと思っている」と補足しました。
そして朔太郎賞を受賞した詩集『青い家』の表題作「青い家」。これは、ユキのアパートの廊下から見える夕陽のシーンから100年後の未来へのシーンで使われていて、大川由美子さんのピアノとともにユキの孤独で透明な心に寄りそうように効果を上げています。

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次は、朔太郎の撮った写真にインスパイアされて作った「彼の撮った写真」。朔太郎の心を訴えるように書いたそうです。
それから「八月、何も隠れていない」「もうすぐ春ですね」「三月の扱いにくい要素」の三篇。『あるいは佐々木ユキ』の編集は、3.11以降の時間を感じながら行なったわけだけれど、2012年の8月に『わたしたちの夏』を仙台で上映したのちに、被災地のことを思いながら書いた三作だと福間監督は説明しました。

6篇目は、ツイッターで発表した「グズグズしているうちに」。そう、あのグズラが出てくる作品です。
そして最後は、雑誌に発表した最新作の「きょうもぼくは転落して」。昨年11月にニューヨーク大学で『あるいは佐々木ユキ』の上映と朗読を行なったのですが、35年ぶりに行ったNYを体験して書いた作品です。

客席から大きな拍手をいただいて、福間監督は朗読を終えました。後半に向かってぐんぐん調子がのぼっていったようですね。
壇上に山﨑はなさんが登場して、福間監督と少しのトークです。

「福間監督の朗読、昔と声が変わりませんね」とはなさん。はなさんとは、福間監督の長篇第1作95年の『急にたどりついてしまう』以来のおつきあいです。当時はなさんが支配人をしていた浜松ムーンライト劇場で、やはり上映と朗読のイベントをしてもらったのです。
福間「劇中でも使ってる91年に出したカセットテープ詩集のときと、あまり変わってないんだよね」と、ちょっとうれしそうです。

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はな「『わたしたちの夏』のときに、次は小原早織さんでいこうと決めていたのですか?」。
福間「『夏』のあと、撮影の鈴木一博さんと、もう少し撮れるんじゃないかと話してたんですよ。批評家の四方田犬彦が自著のなかで、目が見えなくなる前に観ておきたい10本の映画をあげていたんだけど、芸術映画とかでなく、セクシーな女優さんの若いときの作品ばかりなんですよね。で、僕もそういうときのために自分で1本撮っておくかと……」。
はな「福間健二の会心のアイドル映画ではないかと思うんですけど、若い女の子をどう撮るかってむずかしいですよね。どうやって小原さんの魅力を引き出したんですか?」。
福間「まず物語があるのではなくて、素の小原早織にできることは何かと考えていったんです。予告編ではなく特報は、小原早織のスタート直前の顔を集めたものですけど、それが描ければいいと思ってたんです」。
はな「公開からちょうど一年ですけど、やはり冬に見るのはいいですね。前2作はどちらも夏でしたね」。
福間「夏の光は真上から、冬の光は低い位置から差し込んできてまったくちがうんですよね。それをねらいました」。
はな「そういうことをきちんと考えてるんですね」。
福間「いや、教師をやってるときは夏休みと冬休みに撮るしかなかったからでもあるんだけど……」。
はな「福間監督は、映画のなかで自由にやっていて、いますごくいい生き方をされてると思うんですけど、これからをどのように考えていますか?」。
福間「じつはいまiPadに凝っていて、Kindle詩集、電子書籍で詩集を二つ来月出す予定なんです。写真家の宮本隆司さんの作品をたくさん使わせてもらうんですけど。
映画の方は、今年中に撮りたいです。僕の場合、客に受ける映画にはならないかもしれないけど、見る人の心にもっと訴える映画を考えています。また松山でみなさんに見てもらいたいですね」。
熱い拍手を受けて、上映と朗読とトークは終了しました。

寒い夜、長時間にわたっておつきあいくださった松山の皆さん、また今治や遠方からいらしてくださった方々、ほんとうにありがとうございました。
ロビーで、それぞれの感想を伝えてもらって、福間監督はニコニコしっぱなしです。松山、やっぱり好きですね!

橋本さん、はなさん、梶野さん、そしてルナティックを守る会の皆さん、お世話になりました。これからもどうぞよろしくお願いいたします!

打ち上げ、盛り上がりましたね! 橋本さんお薦めのお魚のおいしい飲み屋さん。ぎゅうぎゅう詰めあって、熱く映画を・詩を語りあって、松山の夜は更けてゆきました。


宣伝スタッフ ことりちゃん





愛媛県のみなさん、たいへんお待たせしました!
『あるいは佐々木ユキ』新年早々に松山に参ります。
『岡山の娘』も『わたしたちの夏』も上映してもらってきたシネマルナティックです。橋本支配人、このたびもまたよろしくお願いします!

『あるいは佐々木ユキ』は、福間監督の一番の意図だった冬の光を撮ることに成功したうつくしい「妖精」物語です。主な撮影は、2011年の1月5日から10日にかけて行ないました。きりっとした快晴の冬の日々でした。
撮影した時期と同じころに松山で上映してもらえることを、とてもうれしく思います。松山の冬の光のなかで『あるいは佐々木ユキ』はいちだんと輝いてくれることでしょう。
今回は、1週間の通常上映に加えて、1月18日土曜日に、福間監督の詩の朗読と上映を組み合わせてのイベントを行ないます。もちろん11日から17日の間に映画を見ていただいて、朗読だけ参加されることも可能です。ご期待ください!
また松山上映では、斬新でカッコいいオリジナルチラシを作ってもらっています。松山のあちこちで見かけたら、どうぞ手にとってご覧ください。

まわりの方をぜひともお誘いの上、シネマルナティックに足をお運びください。
この機会をお見逃しなきよう、どうかよろしくお願いします!


1月11日(土) 〜17日(金) 連日17:45〜

1月18日(土) 18:30 〜『あるいは佐々木ユキ』上映
        20:00 〜 福間健二 詩の朗読会


料金(当日券のみ)
 映画:一般 1,500円 学生1,200円 シニア1,000円
 映画+朗読会セット:1,800円(お茶代も含まれます)
*18日はルナティックの回数券もご利用になれますが、差額500円を頂戴します。映画を他の日にご鑑賞され、朗読会のみ参加の方も500円を頂戴します。



シネマルナティック
松山市湊町3-1-9 マツゲキビル2F
tel 089-933-9240
http://movie.geocities.jp/cine_luna/


 松山オリジナルチラシ表
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 松山オリジナルチラシ裏
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11月16日(土)の『あるいは佐々木ユキ』初めての海外上映のために、福間監督は11月11日早朝ニューヨークに到着しました。
福間監督35年ぶりのNY。寒さ対策をと知人・友人みんなから言われていた以上の寒さで、身がひきしまります。福間監督の都合上、上映会は帰国前日というスケジュールでのNY滞在。16日夜までの時間を、監督はマンハッタンのなかを精力的にまわりました。

Kenji Fukuma4*

滞在したホテルは、高いビルばかりに囲まれたミッドタウンのど真ん中。あのマディソン・スクエア・ガーデンが正面にある繁華街です。NY在住25年の友人に言わせれば、ここは新宿歌舞伎町だと! たしかにそのとおり、昼夜を分かたず観光客もここで働く人々もあふれるようにうごめいています。
あのエンパイア・ステイトビルも、すぐ近くにあることに夜になって気づきました!

NYエンパイア*

さて、福間監督のマンハッタンでの大きな収穫は4つ。
ひとつ目は、詩人ディラン・トマス研究者のひとりとして訪れなければならなかったチェルシーホテル。著名人が数多く泊まったホテルとして有名なところですが、ディラン・トマスは朗読のためにここに滞在し、近くのバーで急性アルコール中毒を起こし病院に運ばれ亡くなったといわれています。チェルシーホテルの玄関には、そのことを記したプレートがありました。

NYディラントマス*

次もまた詩人です。W.H.オーデンが20年ほど暮らしたアパートメント。ここは『ユキ』を上映したアインシュタインホールからほど近いイーストヴィレッジにあるのですが、番地がなければ決して見つけられない古びたアパートでしかない場所。なんとトロツキーもここで暮らしたことがあるとのこと。そんなところなのに、まったくなんのマークもなし。友人に教えてもらわなければ絶対に行けなかったでしょう。1階はメキシコ料理店でした。

三つ目は、先頃亡くなったルー・リードが、ヴェルヴェットアンダーグラウンドの頃に暮らしていたというチャイナタウンにあるアパートメント。ルー・リード追悼の原稿を依頼されていた福間監督は、NYで何か手がかりをつかみたいと思っていたので、友人からのこの情報はありがたかったのです。かつてその人間が暮らしていた場所というのは、やはり何かを想起させるものがありますよね。 
その意味でNYという都会は、長くはない歴史とはいえ膨大な数の文学やアートや政治の分野の人々の痕跡があちこちにあるところだといえるのでしょう。

そしてもうひとつは、マンハッタンの喧噪から逃れた北の丘にあるクロイスター美術館を訪ねての帰りの路線バス。マンハッタンの北からミッドタウンまでを縦断する約2時間のバス旅。マンハッタンという土地の貧富の縮図がくっきりと見えてきました。この興味深い旅をメトロカードで出来たなんて、やったね! という「観光」。
それにしても、セントラルパークを我が庭のように眺望する億ションに住む人々は、それはそれはハイソな風情でありました!

そんな貴重な体験をへて、いよいよ16日の上映がやってきました。
ニューヨーク大学のEinstein Auditoriumの入っている校舎は、ワシントンスクエアそばに多くある校舎から少し東に位置し、日本食レストランなどが多い活気に満ちた学生街にあります。下北沢を彷彿とさせる感じかな? アインシュタインホールは校舎の1階にあり、70〜80人ほどが入れるゆるやかなすり鉢型になっていて、講演や映画上映にいい環境です。
18時、アインシュタインホールに入った福間監督。ちょっと緊張気味ですが、気合いが入っています。

NYU写真1*

今回の上映を主催してくださったNYU講師であり造形作家の砂入博史さんと、そこへとつないでくれたアーティストの西脇エミさん、そしてわが町国立からのつきあいでNY在住25年のアーティストひろみちゃん+前原くんが準備を手伝ってくれて19時を迎えました。

ホールの都合で朗読を先に始めることになり、19時10分朗読スタート。砂入さんの紹介で福間監督は挨拶してから始めました。朗読は日本語で行なって、バックスクリーンにその英訳を流すというかたち。
光る斧/トラブル/むこうみず/最新型のきみ/旅の宿題/いま/誘惑/青い家
これら8篇の詩を読みました。



19時半から『あるいは佐々木ユキ』の上映。会場には、NYUの学生や在NY在住の日本人の人たち50人ほどが来てくれました。上映はブルーレイで行なったのですが、再生デッキもプロジェクターもすばらしくて、音も映像もこれまでにないほどいい状態で観ることができました。福間監督、大感激!
終わって、福間監督はスクリーン前に立ち、砂入さんが観客に質問などを促します。
さすがに日本とはちがって、すぐに質問が次々と。もちろん英語での質疑応答。福間監督、いつもの饒舌とはすこしちがう?

最初の質問は、「キャスティングはどのように行なったのか」と。
これまでにもよく尋ねられたことですが、大学の教え子と友人のなかから、つまり身近なところから選んで、プロはひとりだけだと、福間監督は答えました。

次の質問です。
「3.11前に撮影されているとクレジットにあったけれど、『もっとしずかにあけてやらないと そのふた、獰猛になるよ』というフレーズにあるように、ふたが開けられて何かが出てきているように感じた。どういう編集があったのですか?」。
福間監督は答えます。「編集に取りかかるまでにも時間があって、1年以上かかって完成させた。考えに考えて、捨てなければならなかったパートもある。モノレールからの景色がsense of movement(運動の感覚)を出すものとして意識して使ったことが大きいと思う」。

つづいての質問「詩を朗読していた女の子はどういう人ですか」について、福間監督はまず文月悠光さんが中学時代から天才詩人として登場したいきさつを話しました。そして映画の最初の4分の1は、子どもがどう大人に成長していくのかを示したかった。文月さんにも自分のことと今の子どもへの観察を語ってもらい、さらにアゴタ・クリストフの短篇の孤児の言葉を使った。人間を二つのタイプに分けたときに、親の元に育った人間と孤児で育った人間とがいる。前者の、誰にでも孤児だったらよかったのにと思う部分がある、それがユキのなかからユキbとして現われた。そう福間監督は語りました。

4人目に手を挙げた人は、素人の役者をなぜ使ったのか、どのように演技してもらったのかという質問です。
福間監督「プロの役者だとある程度ゴールが決まっているので、あまり使いたくない。ユキ主義と同じように自分も『決めないで始める』ことが好きだ。演技は基本はシナリオ通りではあるけれども、シナリオも本人そのものが出るように相談しながら作っているので、半分は本人が持っているものが出ていると思う」。



さらに質問は続きます。若い男性です。
「自分も監督だが、『あるいは佐々木ユキ』はなぜノーライティングなのか」。
福間監督は、まずローバジェットであることから来ること、次に冬の自然の光をちゃんと撮れればこの映画は成立すると考えたこと。そこはカメラマンの鈴木一博さんの力を信じていたから可能だった、そう答えました。

時間もだいぶ押してきましたが、最後に出た質問は、これまでもよく尋ねられたことでした。それは「詩と映画の関係についてどう考えているか」です。
「ぼくの場合は、詩よりも映画が先にあったけれど、詩を書くのは大変で孤独な作業。映画は他人と関わることが入ってくる、さらに今では映画は詩集一冊出すくらいの低予算で簡単につくれることも加勢してきている。そういうなかで詩と映画がとても近い場所にある表現になっているともいえると思う」。そんなふうに福間監督は答えました。

NYU写真2*

たくさんの質問をもらって、この映画により近づいてもらえた感触を得て、福間監督は心からのお礼の言葉をのべて、アインシュタインホールでの上映会は終了しました。
終わってもなお、歓談はつづきました。日本の友人から連絡を受けて観にきてくれた人たち、NYジャパンシネフェストの人などなど、福間監督はさまざまな分野の人と出会うことができました。そして、結婚して1年半前からNYに住んでいる、15年前にウェールズで出会って親しくなった友人ロイド・ロブスンとも10年ぶりの再会。さらに、驚くなかれNY上映のニュースを聞いて急きょNYに来ることに決めた、『ユキ』音楽のピアニスト大川由美子さんもいたのでした!

打ち上げは、近くにあるラーメン屋さん。店内の様子も働く人も居酒屋メニューも! じつにじつに日本でありました。キリン一番搾りで乾杯! 目移りするほどあるメニューの中から福間監督はカレーラーメンを。おいしかったそうです! 驚くほど物価の高いNYですが、さすがにこのあたりは学生街だけのことはあって、リーズナブルなお値段で安心して飲めました。

NYU写真打ち上げ*

日本の映画からNYのアートシーンまで、話は尽きないけれど、そろそろお開きです。NYは終電がないのがコワイ一方で、帰りの時間を気にしなくていいなんてすごいなあと思っちゃいましたね。
今回の貴重な機会を作り出してくれた砂入博史さん、準備に奔走してくれた西脇エミさんとニイゼキヒロミさん、心から感謝しています。そして、アインシュタインホールに足を運んでくださった多くの皆さん、ほんとうにありがとうございました。またきっと次の機会にお会いしましょう!


★翌日17日(日)、早くも第1弾のレヴューが「ASK A NEWYORKER」というWebマガジンに掲載されました! 書いてくれたのは詩人のGarrett Buhl Robinson。福間監督はNY市立図書館に行ったときに、入口近くで自分の詩集を売っていた彼に話しかけ、踊る女の子をテーマにした詩集『MARTHA』を買い、上映に誘ったのです。この出会いから、このすばらしいレヴューが生まれました。ぜひ、読んでください!
http://www.askanewyorker.com/garrett-robinson/live-fairy-tale-fukuma-kenji/

 
★福間監督は、滞在中に「COOL」というバイリンガルアートマガジンWebサイトのインタヴューを受けました。インタヴューしてくださったのは、同誌で多くのインタヴュー記事や批評を書いておられる岡本太陽さんです。その記事がアップされました!
これまで日本では出されなかった視点からの質問もあって、とても興味深いものになっています。どうぞ読んでください!
なお、今回のニューヨーク大学上映レポートの最初に登場する福間監督単独の写真は、岡本太陽さん撮影のものです。岡本さん、ほんとうにありがとうございました!
日本語:http://www.cool-ny.com/archives/1918
英語:http://www.cool-ny.com/en/archives/1918


宣伝スタッフ Astoria Blvd
動画・写真  Kuni Maehara








幸運なことに『あるいは佐々木ユキ』のニューヨークでの上映が実現します!
11月16日(土)、ニューヨーク大学のホールで行なわれます。

このきっかけをつくってくれたのは、神戸とNYを行き来しながら活動している若い女性アーティストのE. N. さん。今年2月の神戸での上映を見てくれたEさん。彼女は、NYで活躍する造形作家でありNY大学の講師である砂入博史さんに、ぜひ『あるいは佐々木ユキ』を見るように勧められたこと、さらには『ユキ』にエキストラ出演してくれたRさんが友人だったので見るように勧められたことで『ユキ』と出会いました。神戸の打ち上げですっかり仲よしになったEさんに、福間監督が「いつかNYで上映できたらいいなあ」とつぶやいたことが、Eさんと砂入さんの尽力でこのたびの幸運をみちびいてくれました。人生にはこんな出会いと幸福があるのですね。

『あるいは佐々木ユキ』初めての海外での上映、それもニューヨーク。どんなふうに受けとめられるのでしょうか。ドキドキします。でもすごく楽しみです。
福間監督も行くことに決めました! 35年ぶりのNYです。朗読もします。
もう25年もNYに住んでいる友人に会えるチャンスが、思いがけないかたちで訪れました!

NYやその近郊にお住まいの友人や知人がおられる方は、ぜひともこのニュースを知らせてください。英語ヴァージョンの上映情報と作品解説は下記のURLで見ることができます。これを見てもらってください。
そのほか、新聞・雑誌・Webなどのマスメディアにご縁のある方、ご協力いただければ幸いです。

『あるいは佐々木ユキ』がNYでたくさんの人に見てもらえるよう、どうぞよろしくお願いいたします!


2013年11月16日(土)
 7:30pm〜『あるいは佐々木ユキ』上映
 9:00pm〜 福間健二朗読

NYU Art Dept. Einstein Auditorium
(ニューヨーク大学芸術科 アインシュタインホール)

 34 Stuyvesant Street New York  NY 10003
(between 2&3 Ave and 9&10 street)
入場無料


英語版情報 http://sasakiyuki.doorblog.jp/archives/33886041.html






Kenji Fukuma's Film and Poetry
Saturday, November 16, 2013


NYU Art Dept. Einstein Auditorium
34 Stuyvesant Street New York NY 10003
(between 2&3 Ave and 9&10 street)
Admission Free


7:30 pm〜

A FAIRY TALE(Aruiwa Sasaki Yuki)
2013/JAPAN/HD/color/79 min 

9 pm〜
Poetry Reading

    A FAIRY TALE  trailer  http://youtu.be/L6bb6if766s





A FAIRY TALE
(Aruiwa Sasaki Yuki)
2013/JAPAN/HD/color/79 min  


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INTRODUCTION
  A FAIRY TALE is Kenji FUKUMA’s fourth feature film.
  It captures a dream and reality of Yuki Sasaki, a twenty-year-old girl by a daring arrangement of interviews, poems, dancing and others.
  Yuki meets people who watches over her and people who might be her other selves, and parts with them to go to the next step.
  There are contained words from works of Agota Kristof, Hans Christian Andersen, Yumi FUZUKI and Kenji FUKUMA.
  A FAIRY TALE is a 21st century fairy tale, which Kenji FUKUMA calls “Idol Comic Poetry Fantasy”.
  The leading role, Yuki SASAKI, is played by Saori KOHARA, whose performance in SUMMER FOR THE LIVING has brought her into public notice.
  With the other members from SUMMER FOR THE LIVING, Akira YOSHINO, Hideyo SENGOKU, Makiko KAWANO, appears Yumi FUZUKI, an up-and-coming poetess, as herself.  Main staffs, Kazuhiro SUZUKI (photography), Takeshi HATA (editing) and Takeshi OGAWA (sound design) supports Kenji FUKUMA in this new adventure as well as the previous work.


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STORY
  Yuki Sasaki, twenty years old, lives alone in the suburbs of Tokyo. She works part-time at the places such as a Chinese restaurant or a flower shop. She is close to Chiharu, a detective and consultant, and sometimes helps her in the work. Yuki met Chiharu when she was in France after graduating high school.
  Yuki was brought up in Fukuoka. Her mother is with her boy friend in Fukuoka.  Yuki doesn’t know where her father and elder brother are.
  One day Yuki happens to listen to Yumi Fuzuki reading poetry. Yumi’s words remain in Yuki.
  Yuki speaks about her past and present to Professor Hideyo Sengoku. She also tells him that her father said to her, ‘you only have to be alive.’  
  Yuki meets Yumi and is reminded that she was a pig in a game she played as a child.
  Around Yuki are the characters such as Ryohei who she fancies, Kayama who is a student and dangles about her, and Shino who works in Chiharu’s office.  They live on, puzzled over their own lives.
  Yuki doesn’t know what she’s really searching for. What is needed beyond being just alive? She writes down her creeds, that is, Sasaki-Yuki-ism, and shows it to Chiharu and Shino.
  Another Yuki Sasaki appears before Yuki, bringing a letter delivered by mistake. Yuki happens to meet K, the letter’s sender and spends a night with him. But he disappears the next morning.
  What is happening to Yuki?
  On New Year’s Eve Yuki meets the other Yuki again. They become Yuki A and Yuki B and spend New Year’s holidays together. They do an argument from a slight thing and Yuki B leaves.
  Meanwhile Chiharu tells Yuki that she is going far away, closing her office. Yuki gets a spoon from Chiharu, a magical spoon that will realize a wish.
  “I am still a pig. Please make me human,” wishes Yuki.
 

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CAST
Yuki:Saori KOHARA  
Chiharu:Akira YOSHINO  
Professor Sengoku:Hideyo SENGOKU  
Poetess Fuzuki:Yumi FUZUKI  
Yuki B:Makiko KAWANO

STUFF
Director & Screenplay:Kenji FUKUMA  
Cinematography:Kazuhiro SUZUKI  
Editor:Takeshi HATA  
Sound Design:Takeshi OGAWA   
Production Company:tough mama
2013/JAPAN/HD/color/79 min  





Kenji FUKUMA
 

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BIOGRAPHY
  Kenji FUKUMA was born 1949 in Japan.  He is a poet, film critic, film maker, translator and scholar of English literature and cultural studies.  He is a professor emeritus at Tokyo Metropolitan University.  
  He got addicted to the movies during his teenage.  Jean=Luc Godard and Japanese film makers such as Yasuzo MASUMURA, Nagisa OSHIMA, Koji WAKAMATSU, Seijun SUZUKI and Teruo ISHII are among his favorite directors.
  Since late 1980s he has distinguished himself as a poet.  He has studied and wrote about the works of modern poets such as Dylan Thomas and W. H. Auden.  As a film critic he has chiefly discussed Japanese cinema in the 1960s.
  He made his first feature film, SUDDENLY ARRIVING in 1995.  Tony Rayns praised it as a“striking debut film”. He wrote,“The film has observations to make about butoh dance, butcher’s shop and Milton’s vision of Satan, but what makes it most interesting is its poeticisation of day-to-day life.”
  Kenji FUKUMA’s recent films, MY DEAR DAUGHTER OF OKAYAMA (2008), SUMMER FOR THE LIVING (2011) and A FAIRY TALE (2013) have drawn much deeper poetic truth from real life, conveying a complex but refreshing message to the world which seems to be crouching down totally exhausted in blindness to the future.
  And also in these films he has tried to give a new aspect of cinema and a fresh vision of the present world, getting through all the experiences from the era of silent films to today with digital video towards a realm unknown.  
  In 2011 he published a bulky volume of poems, titled THE BLUE HOUSE, which won two great prizes, Hagiwara Sakutaro Prize and Rekitei Prize.
  Both his poems and films have got support from young people in particular.



FILMOGRAPHY
A Fairy Tale(Aruiwa Sasaki Yuki) 
2013/Japan/HD/color/16:9/79 min.

Summer for the Living(Watashitachi no Natsu) 
2011/Japan/HD/color/16:9/89 min. 

My Dear Daughter of Okayama(Okayama no Musume) 
2008/Japan/HD/color/16:9/92 min.

Suddenly Arriving
(Kyu ni Tadorituiteshimau) 
1995/Japan/35mm/color/standard/90 min.











9月29日(日)、『あるいは佐々木ユキ』は、待望の、仙台市大手町のギャラリー「ターンアラウンド」での上映です。
ターンアラウンドでは、昨年8月に『わたしたちの夏』を上映してもらいました。運営する関本欣哉さんは、二つの作品に本人役「千石先生」で登場する千石英世さんの教え子。福間健二作品の東北地方プレミエ上映がこういうかたちでおこなわれるのは、このご縁のおかげです。そして今年は、ギャラリー隣のカフェ「ハングアラウンド」で、福間健二展覧会もこの日から2週間開催されています。昨年前橋で行なわれた朔太郎賞受賞者展覧会の縮小版ですが、そのとき展示されなかったものも今回はたくさんあります。
さて、福間監督は、12時すこし前に会場に到着。音と映像を慎重にチェックしました。

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一回目の上映は、12時半の予定を5分ほど遅れてスタート。人の集まり方も、雰囲気も、映画館とはちょっと違う感じですが、画面で文月悠光さんのインタビューがはじまるともうそこは福間ワールド全開。
福間監督は、この上映中に近くのとんかつ屋さんで例によっておいしそうにカツ丼を食べていたそうです。

14時からの「朗読とトーク」。前半が朗読です。
まず、『あるいは佐々木ユキ』で使われた「青い家」「光る斧」「週替わりの部品交換」から。福間監督は撮影台本を出して、撮影に入る段階で、自分の詩や文月悠光さんやアゴタ・クリストフなどのテクストがどういうふうに用意されていたかを話しました。
『あるいは佐々木ユキ』は、2011年の冬に撮影され、モノレールからの実景撮影の部分を「震災」の一週間前の3月4日におこないました。
福間監督は「震災」のあとの時間の流れを語ります。
『わたしたちの夏』と『あるいは佐々木ユキ』の編集・仕上げをおこなう一方で、詩をどう書いていったか。そして、昨年仙台を訪れたときに受け取ったものから生まれた作品もあるとのこと。
そこから、福間健二の、いわば「震災以後の言葉」が読まれていきました。「八月、何も隠れていない」「もうすぐ春ですね」「三月の扱いにくい要素」(以上、未発表の作品です)、2011年の後半の気分を書いた「秋をたのしむ」「落ち着かない気持ち」「何をやってきたのか」、そしてツイート詩からは「その手がさわってきたもの」。
「毎朝のツイート詩、本気で書いている。いままでとはちがうかたちで発表し、反応をもらっているのが新鮮。このあとは、電子書籍で詩集を出すことを考えている」。
朗読の最後は、今年一月に書いた「落としましたよ」。最近のもので本人がいちばん気に入っているものだそうです。

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トークのお相手は、ご本人もアーティストである関本欣哉さん。
「自分たちは、なにかに縛られて生きている。それを崩して自由になることの大切さを『あるいは佐々木ユキ』に教えられました」と関本さんは口火を切りました。
「自由になって遠くまで行けるか。行けたらおもしろい。そう感じている一方で、人でも物でも風景でも、自分のまわりにあるものを大切にしている。身近なものを引きずりながら、ふしぎな場所に行けるかどうか。また、行ったところからどう帰ってくるかを考えています。たとえば、千石先生とユキの会話。声の処理としても、フィクションと現実、遠くと近くのものが重なりあって出てくるようにしました」。
「モノレールの車窓の風景が印象的ですが」と関本さん。
「乗り物からの風景は、それ自体映画的であり、安くも撮れるので、いつも使っている。とくにモノレールの風景は、鈴木一博カメラマンの集中力のおかげもあって、ただ空間としてあるだけでなく、時間を感じさせるものになっていると編集しながら感じました。遠くの山のむこうに過去があり、進んでいく先には震災以後という未来がある、というふうにです」。
関本さんは言います。「すごくきれいですよね。その風景とともに福間さんの詩がリアルになり、佐々木ユキがだれもが自分がユキだと感じられる存在になっていきます。自分自身が問いかけられているような……」。
「映画は、世界の見え方を揺さぶってくれる。外国の監督が撮ったみたいに日本の風景を撮ることができたらいいと考えていました」。

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ユキとユキbのあり方については、ユキbを演じた川野真樹子さんが『わたしたちの夏』では小原早織さんのサキの幼なじみだったことにも触れて、
「『わたしたちの夏』と『あるいは佐々木ユキ』をあわせて編集したら、デヴィッド・リンチの作品みたいになる。そうなってもいいという姉妹篇なんです。そして、川野さんはワルをやりたがっていたんです」と福間監督は楽しそうに話しました。

客席から質問も出ました。「生きていればいい」というテーマやかるたのシーンの意図などについて。
福間監督はメリハリよく答えていました。そこで浮かびあがってきたのは、福間作品でのシナリオのあり方。シナリオどおりにならなくてもいいという撮り方の自由さ。それによって、ユキの小原早織さんをはじめ、出演者たちの「生」そのものが役のなかに溶け込んでくるみたいですね。
「詩を書くのと映画を撮るのは別のことじゃない。そういうところに来た気がしています。でも、映画はスタッフ・キャストと一緒に作っている。シナリオとは違うようにやろうとしすぎるときに、そんなに勝手にやっちゃいけないと引き戻されることもあります」。

詩と映画のこれからについて、福間監督はこう語りました。
「現実的な条件ではもう生きられないというところに追いつめられても、人は生きなくてはならない。そこに詩が必要だ。値段の高い詩集や限られた高級な場所に閉じ込めないで、いろんなところで読者と出会えるようにしていきたい。ツイート詩もやっていくし、電子書籍で出す選詩集も質の高いものにしたいです。映画は、安く作っているんだけど、それでも製作費を回収できない。それが苦しいところですが、もっと安い作り方と内容的にもっと広がりをもつ作り方の両方を考えていって、作りつづけたいです」。

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トークのあとも、16時からの二回目の上映がはじまるまで、福間監督は気さくにみなさんと話していました。展示されている自分の使った台本を見ながら「これでよく撮れるなあ」と苦笑したり、一年に一冊のペースで出していたころの詩集の安い作り方を説明したり、これから映画や詩をやろうとしている人たちに伝えたいことがたくさんある様子です。
二回目の上映中は、車で案内してもらって仙台で開催中の二つの個展を見に行ってきました。「自分でなにか作るってこと、それだけですごいことなんだよね」。

19時からの打ち上げには、なんと千石先生が東京から駆け付けてくれました。大学院時代からの友人である千石先生と福間監督。二人とも、いったい何歳なんだろうという話し方、飲み方、そして食べ方です! 牛タン、お刺身、金華サバの開き、定義山の三角あぶらあげなどなど、次々に出てくる仙台のおいしいものにニコニコしながら、みなさんと楽しい時間をすごしました。
「また仙台に来てください。次も期待しています」という声に、福間監督は、鹿児島上映につづき、ここでも大いに勇気づけられたようです。

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仙台のみなさん、『あるいは佐々木ユキ』を熱心に見ていただき、ありがとうございます。上映会スタッフのみなさん、ご協力してくださったみなさん、ほんとうにお疲れさまでした!
カフェ ハングアラウンドでの福間健二展は、10月13日(日)まで。福間監督の赤ん坊のときの写真から『あるいは佐々木ユキ』のチラシの試作ヴァージョンなどまで、珍しい展示物がたくさんあります。撮影台本や詩集を手にとって中をあけてご覧いただけます。ぜひ見に来てください!


宣伝スタッフ 青葉カウガール
  






9月22日・23日の連休、福間監督には深い縁のある鹿児島で、昨年の『わたしたちの夏』につづいて、『あるいは佐々木ユキ』がガーデンズシネマで上映されました。

桜島は、8月後半の大噴火の後も毎日モクモクと噴煙を吐いています。空港から市内へ向かうバスの中、まるで入道雲のような噴煙を見ながら、鹿児島の人々の暮らしはこの「生きている」桜島ぬきにはあり得ないのだとあらためて感じます。降り積もる灰を掃き集めることから毎日が始まるのでしょう。道路も舗道も、きれいにされていて灰はうっすらです。鹿児島の人々には、雄大な桜島を誇りに思う一方で、たいへんな生活があるのですね。

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さて22日(日)、福間監督は1回目の上映が終わるころ午後4時30分に、天文館マルヤガーデンズ7Fにあるガーデンズシネマに到着。すっかりお馴染みになった支配人の黒岩さんとスタッフの鮎川さんが笑顔で迎えてくださいました。「大勢の方がみえてますよ」の黒岩さんの言葉に、福間監督の緊張はほぐれて、笑顔で挨拶に登壇しました。

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「去年の『わたしたちの夏』につづいて、ぼくの大好きな鹿児島で新作『あるいは佐々木ユキ』を上映してもらえることを、ほんとうにうれしく思います。この映画は、主役に決めていた小原早織さんが2011年3月からフランスに留学することになったので、その年の新年早々に撮影しました。それも、小原さんの事実を逆に使って主人公はフランスから帰ってきた女の子に設定しました。1月は1週間ほどで撮影終了して、3月4日に風景の追加撮影をしてすべてを終了したのですが、その1週間後に3.11が起きたわけです。編集作業に入ったのはずいぶん経ってからだったんですが、やはり世間も自分も3.11前とは意識がちがってきている。2012年の夏に編集を終えるまで、そのことを感じながらやりましたね。
これまでの上映で同じことを何度も話してきているので、鹿児島ではみなさんからの質問があればお聞きしたいです」。
福間監督は初めにそう話しました。

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支配人の黒岩さんからタイトルについての質問が出たあと、客席から手が挙がりました。男性の方です。
「詩を通した世界観はちょっと難しかったですが、単純にビジュアル的なところで、モノレールからの景色と町の風景、そしてキラキラ輝く夜の風景、そのなかで物語が進行していくのがとても心地よかったです」。
「ぼくは乗り物の中から撮ることを前の作品でもやっていますが、これはカメラマンの鈴木一博さんが撮ればこそなんですね。位置を決めてそこで鈴木カメラマンがかまえれば、もう言うことなしの画が生まれるんです」とうれしそうな福間監督。

つづいて女性の方から「出演しているのはみんな俳優さんですか?」の質問。
「小原さんが元々は俳優をめざしていたこと、千春さん役であり『わたしたちの夏』主演の吉野晶さんは女優であること、この二人以外はみんな素人。でもそれぞれに自分の表現を持っている人たちがほとんどなので、現実の自分を出しながら個性を持った存在として演じてくれたと思います」と福間監督。

ここで、思いがけない人の登場です!
『あるいは佐々木ユキ』のスタッフとして活躍してくれた、当時首都大の大学院生だった坂元小夜さんです。いま彼女は福岡に住んでいて、今日の上映に鹿児島まで来てくれたのです。
「映画の現場は初めてだったんですが、1月の寒い時期で、朝から晩までで、待ち時間が長いのに驚きました。本番中は、お腹が鳴らないようにと気にしてました」と坂元さん。
福間監督はすかさず「うちの現場は一日の撮影時間も短い方だし、待ち時間も短いんだよ」。「えーー、そうなんですか!?」と坂元さん。
確かに福間組は、朝の集合時間も特に早いわけではないし、待ち時間も短い方だけど、ほとんどの撮影を寒い寒い1月の6日間で撮ってるわけだから、初めての人にはきびしかったですよね。

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「『ユキ』は、詩を書くことと映画をつくることがひとつになれたかなあ、ある意味での到達点に来たかなあと思ってます。それがいいことがどうかはわからないけれど、次は少しちがうものをめざします」と福間監督は最後に言って、鹿児島第1回目の上映後トークを終えました。

ロビーと通路には、17時40分からの次の回に来てくださったお客様がすでに並んでおられます。旧知の友人の顔もあります。うれしいことです!
2回目、福間監督は上映前の挨拶を簡単にして「朗読から上映へ」を行ないました。鹿児島までの各地での上映で行なってきた「声から映像へ。耳から目へ。」です。ここガーデンズシネマでは、劇中で良平さんを演じた萩原亮介さんが朗読している「天使をすてる2011」と、キャッチコピー「もうすこし歩いてもうすこしへんになってみる」の「もうすこし」の2編を読んでから上映に入りました。

ところで、ガーデンズシネマでは昨年8月からデジタルシネマ化をめざして募金活動を行なってきて、その募金と借入金で導入を実現し、この9月7日から新しいデジタル上映を開始したところです。そのニュースを知っていたtough mamaプロデューサーは、2回目の上映を鑑賞しました。冒頭からおどろきました。光と影のバランスのとれた画の美しさと、硬すぎず柔らかすぎずの音の心地よさには、唸るほどにびっくり! こんなにもちがうものかと感心しました。画と音のすばらしさをよく言われる『ユキ』ですが、DCP導入直後のガーデンズシネマで見ることの出来た鹿児島の人たちは、絶対幸運だったと思います。そして、そのとおりの感想をたくさんいただいたのも、事実です。


23日(月・祝)の、3回目で最後の上映は18時半からなので、福間監督は昼間しっかり遊びました。と言っても食いしんぼなので、食べることと温泉に入ることが鹿児島でのいつもの過ごし方ですね!
今夜の交流会をしてくれる「吉次郎」店主とバイトの茜ちゃんと一緒に、おいどん市場に買い出しの後、「ふくまん」のラーメンに大感激! それから「いづみ」のコーヒーを堪能。いったんホテルに戻ってから近くの銭湯(鹿児島の銭湯はすべて温泉です!)「霧島温泉」で汗を流す。これ、最高の鹿児島の一日です。

連休最後の日の夜にもかかわらず、3回目の上映にもたくさんの方が来てくださいました。そして上映後の質問・感想は活発でした。

まず手が挙がったのは、映画をよく見ている男性。
「『急にたどりついてしまう』は映像が粗くて苦手だったけど、『ユキ』はすばらしかったです! 日本のゴダールかと思いました。最近見た映画では『トゥーザワンダー』以来すばらしかった。映像がすばらしい。ライティングはしてるのですか?」と。
「してません。映るままでいこうと決めて、カメラの鈴木一博さんにまかせてるんです。『急たど』のときは、なにか大変なことをした方がいいものができるんじゃないかと思うところがあったけど、いまはできるだけ簡単にやることでいいものができるんだと思えるようになった」と福間監督。

それからやはり、映画をよく見ていると思われる女性からの質問です。
「この映画唯一のエロティックなシーンが、Kが登場して足を洗うところだと思いますが、このKはユキの父か兄の象徴ですか? もうひとつ、ウェールズのスプーンのところ、さすが福間監督、ウェールズが登場した! と思いましたが、ユキがお金ではなくこの魔法のスプーンを選ぶのは?」。
いやー、みなさん、ちゃんと見てますねえ。
福間監督は答えます。
「エロティックな場面を考えたとき、シャワーを使う、これで人を惹きつけることができるんじゃないかと思ったんです。現実の存在ではないものは、夢として受け入れることができるとも。Kはどこから出てくるか、この場所のロケハンはしまくりましたね。あまりに暗くてもホラーみたいになるので、実際に使ったあのマンホールのような場所なら現実から遠くもないのではないかと。
スプーンは、『ユキ』がおとぎ話でもあるということから、また身近にあったものでもあることから使った。で、おとぎ話から学ぶことは、大きいものを選ぶと(欲ばると)不幸になる、小さいもの(一番得しないもの)を選ぶと幸せになるということで、ユキに一番小さなスプーンを選ばせた」と福間監督です。

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さらに別な男性から鋭い指摘が出ます。
「Kとユキbは足に同じアザ?を持ってますが、この二人の関連性は? それとカルタのシーン、すばらしかったですが、これはホンがあってそのとおりなのか、素のままなのでしょうか」。
「Kとユキbは、ユキの夢の中の存在ともいえるんですね。どこの誰でもない。そういう存在としての共通のマークなんです。あれはぼくが描いたんですが、カメラの一博さんに「林」に見えないかなんて言われましたね(笑)。
カルタについては、同じことをよく聞かれてきました。あれは、ちょっとやってみようかと、カメラを回しながら二人に始めてもらったんですね。見てると、これは2度やれるものではないことがわかってきたし、二人ともノってきたんでそのまま続けてもらったんです。だからこれを本番だと意識していたのはぼくと一博さんだけで、ほかのスタッフはみんなテストだと思ってたはずです」と福間監督。
黒岩さんもすかさず言います。「演技は、結局テストであっても、最初のテイクが一番だってよく言われますよね」。
「ぼくはNGもキープするんです。イーストウッドはファーストテイクのみ。だから速いんですよね。ぼくも速いんだけどね(笑)」。

さて、時間もなくなってきて、黒岩さんから次作について尋ねられた監督は答えます。
「詩がじゃましているものがあるとすれば、詩から離れて、詩を隠して撮っていきたいと考えています。来年はぜひ撮りたいです。そしてまた鹿児島のみなさんに見てもらいたいです」と監督は結びました。

このあとの交流会で、居酒屋「吉次郎」に集った人は約20人。映画好きの人も、『わたしたちの夏』を見てくれて福間映画のファンになってくれた人も、詩人も、呑んべのおじさんも、みんなそれぞれに「『ユキ』はすばらしかった!」と声にしてくれて、福間監督の幸せはこの上ないものでした。
理由はその幸福からだけではなく、鹿児島「吉次郎」での恒例でもある福間「舞踏」が夜半に登場! おなかをかかえての大爆笑の店内をもっと驚かせたのは、つづいて披露された黒岩支配人のダンス! 文句なしに黒岩さんの大勝ちでしたね。
最高の夜でした。
だから、鹿児島に来ずにはいられません! 大好きです!

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ガーデンズシネマのみなさん、ほんとうにお世話になりました。
詩人協会に呼びかけてくださった高岡さん、山下さん、そして吉次郎と茜ちゃん、そして『ユキ』を見てくださったすべての方々に感謝します。
ほんとうにありがとうございました。


宣伝スタッフ:ヘチマ娘




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